★侍ジャパン2021のコーチ陣や監督のプロフィールや経歴を紹介!

2021年、侍ジャパンが出場する東京オリンピックでは2021年7月28日~8月7日に渡って、熱い大会が繰り広げられます。

侍ジャパンとしての大会は、2019年に優勝して以来のものとなります。

また、国際大会の順位でも日本は1位となっていますので、メダルに期待のかかる種目の一つとも言えるでしょう。

今回も国際大会としては連覇のかかった大勝負ですが、そんなプレーヤーを支えるコーチ陣について調べてみました。

 

やはり選手たちを支える非常に重要なのが、コーチや監督になります。

勿論ながら、コーチ陣の方々には過去、野球界で記録を作った名プレーヤーや、記憶に残る名バイプレーヤーの方もいらっしゃるので、ここでしっかりと覚えていただければ、また違った視点でも野球観戦が楽しくなると思います。



2021侍ジャパンの監督・コーチは!!

では、早速に紹介していきましょう!!

監督

氏名:稲葉 篤紀(Inaba  Atsunori)

背番号:80番

生年月日:1972年8月3日

出身地:愛知県北名古屋市

出身高校:中京大中京高校 甲子園出場は無し

入団先:ヤクルトスワローズ(1993年 ドラフト3位)

 

稲葉監督は1994年から2004年までをヤクルトスワローズ、2005年から2014年までを北海道日本ハムファイターズとして20年間に渡って現役生活を続けてこられました。

主な表彰としても素晴らしい戦績を残しています。

・2007年:首位打者

・2007年:最多安打

・2006年:ゴールデングラブ賞(2007年~2009年、2012年にも受賞。全部で5回の受賞歴)

・2001年:ベストナイン(2006年~2009年にも受賞。全部で5回の受賞歴)

その他、両リーグ100本塁打や、オールスターゲームに8回の出場するなどの功績もあります。

また、現役引退後はテレビ朝日、北海道テレビの野球解説者に就任し、「報道ステーション」の野球解説を務めたことなどは記憶に新しいと思います。

2014年からは日米野球の日本代表打撃コーチに就任、2017年に監督に就任するまでの間も一貫して日本代表に携わる人物であることが言えます。

 

稲葉監督は2008年北京五輪、2009、2013年WBCの主力選手として活躍しており、特に2009年には世界一に導いた立役者の内の一人です。

代表監督を選出する侍ジャパン強化委員会は、指揮官に求める条件として1.求心力、2.短期決戦対応力、3.国際対応力、4.五輪対応力の四つをあげていた。以上の条件をメンバーの中心として策定したのが、侍ジャパン強化本部長の山中正竹である。

日本の監督となる人物には上記の通りの素質、資質が必要ということもあり、選手、コーチ、監督として全てにおいて経験のある稲葉監督が選任されたことは、妥当な人選と考えられます。

ヘッドコーチ 兼 打撃コーチ

氏名:金子 誠(Kaneko Makoto)

背番号:88番

生年月日:1975年11月8日

出身地:千葉県我孫子市

出身高校:常総学院高校 甲子園に春夏併せて3回の出場

入団先:日本ハムファイターズ(1993年 ドラフト3位)

現在:北海道日本ハムファイターズ 一軍野手コーチ

 

今回、ヘッドコーチとなる金子コーチですが、ヘッドコーチとは以下の内容を言います。

ヘッドコーチとは、チーフコーチ、ベンチコーチとも称されるが基本的にはチーム内において、監督の次に位置するポジションであり、監督の補佐役を行います。

また、監督が退場や出場停止になった場合、監督代行も行う重要な役割を担っています。

 

金子コーチは1994年から2014年まで、20年間に渡って現役生活を続けた選手でした。

主な表彰としても素晴らしい戦績を残しています。

・1996年:新人王

・1998年:ゴールデングラブ賞(1999年、2009年にも受賞。全部で3回の受賞歴)

・1999年:ベストナイン

その他、5年連続守備率1位や、7試合連続二塁打の功績などもあります。

また、アテネオリンピック野球の銅メダリストに輝いた時のメンバーです。

2014年に引退後もすぐに北海道日本ハムファイターズのコーチに任命されたことは、選手としての戦績も含めて評価の高かった選手であると言えます。

投手コーチ

氏名:建山 義紀(Tateyama Yoshinori)

背番号:81番

生年月日:1975年12月26日

出身地:大阪府大東市

出身高校:東海大学付属仰星高校-甲賀総合科学専門学校-松下電器 甲子園出場は無し

入団先:日本ハムファイターズ(1998年 ドラフト2位)

現在:ホリプロ所属

 

建山コーチは1999年から2010年までを日本ハムファイターズ、2011年から2012年までをテキサス・レンジャーズ、2013年にはヤンキースと、スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダース、2014年マイナー契約でヤンキースに移籍後、日本に帰国し阪神タイガースに入団し、現役を引退しました。

主な表彰としても素晴らしい戦績を残しています。

・2004年:最優秀中継ぎ投手

・2000年:オールスターゲーム出場

2017年からは日本代表投手コーチに就任しています。

建山コーチはプロ野球入団前は松下電器において、社会人リーグや、日米のプロ野球においての知識や経験が豊富です。

その経験や、手腕を買われての投手コーチということで、投手にとってはこの経験を学ぶ非常に良いきっかけとなりますね。

 

バッテリーコーチ

氏名:村田 善則(Murata Yoshinori)

背番号:84番

生年月日:1974年4月24日

出身地:長崎県佐世保市

出身高校:佐世保実業高校 甲子園出場は1回

入団先:読売ジャイアンツ(1992年 ドラフト5位)

現在:読売ジャイアンツ1軍ブルペンコーチ

 

村田コーチは1993年から2008年までを読売ジャイアンツでプレーした捕手です。

2000年には福岡ダイエーホークスで監督を務める工藤公康氏や、高橋尚成氏とバッテリーを組むことも多く、ホークスとの日本シリーズ第一戦では先発マスクをかぶるなどの実績を有しています。

引退後はスコアラーに転身し、日本代表のスコアラーも務めるなどの経歴があります。

スコアラーは点数の記録以外にも、相手選手の分析をはじめ、チームが戦っていく上で必要な情報をまとめあげた上で監督やコーチの意思決定をしてもらうという重要な役割です。

こういったスコアラー出身者がいるといないとでは、短期決戦である本大会のような試合には大きく変わってくる可能性も高いですね。

 

内野守備・走塁コーチ

氏名:井端 弘和(Ibata Hirokazu)

背番号:82番

生年月日:1975年5月12日

出身地:神奈川県川崎市

出身高校:堀越高等学校-亜細亜大学 甲子園出場は無し

入団先:中日ドラゴンズ(1997年 ドラフト5位)

現在:NTT東日本硬式野球部臨時コーチ

 

井端コーチは1998年から2013年まで中日ドラゴンズ、2014年から2015年まで読売ジャイアンツでプレーしました。

主な表彰としても素晴らしい戦績を残しています。

・2007年:オールスター優秀選手賞

・2004年:ゴールデングラブ賞(2005年~2009年、2012年にも受賞。全部で7回の受賞歴)

・2002年:ベストナイン(2004年~2007年にも受賞。全部で5回の受賞歴)

その他、オールスターゲーム出場8回なども挙げられます。

 

井端コーチは、中日ドラゴンズの遊撃手に定着後、荒木選手との絶妙なプレーも多く、「アライバコンビ」と言われていました。

特に守備の名手で、受賞歴でも挙げたように非常に素晴らしい功績を遺した選手と言えます。

外野守備・走塁コーチ

氏名:清水 雅治(Shimizu Masaji)

背番号:84番

生年月日:1964年7月7日

出身地:島根県浜田市

出身高校:島根県立浜田高等学校-三菱自動車川崎 甲子園出場は無し

入団先:中日ドラゴンズ(1988年 ドラフト6位)

現在:阪神タイガース 二軍野手総合コーチ

 

清水コーチは1989年から1995年まで中日ドラゴンズ、1996年から2002年まで西武ライオンズに在籍していました。

1990年にはジュニア日本選手権のMVPに選ばれるなどの功績を残しています。

清水コーチは選手経験もさることながら、2002年から現在に至るまで、西武ライオンズ、北海道日本ハムファイターズ、千葉ロッテマリーンズ、東北楽天ゴールデンイーグルス、阪神タイガースと、何と6球団に渡ってのコーチ経験があります。

誰よりもコーチ経験が長く、長年の経験や勘は他に替えがたいものと言えるでしょう。

まとめ

今回は、開始直前の世界野球について、監督・コーチ陣の顔ぶれを特集してみました。

これまでは選手ばかりに目が行きがちでしたが、こうやって監督やコーチを見てみると、また違った形での観戦も楽しめると思います♪

 

今回は念願の日本開催です。

これまでも世界代表の監督・コーチを経験した人物ばかりであり、優勝経験もありますので、きっと今回も優勝に導いてくれることでしょう!!

是非とも楽しみにしましょうね。