銭谷欽治の息子や嫁は?戦績や功績についても!

今回は、バドミントン協会を実質的に束ねていると言われている、銭谷(ぜにや)欽治専務理事のプロフィール、息子や妻のこと、現役選手時代の戦績や今までの功績がどんなものかを調べてみました!

それでは早速、銭谷欽治さんの経歴から見ていきましょう!



銭谷欽治の経歴は?


銭谷欽治さんの経歴について調べてみました。

銭谷欽治(ぜにやきんじ)さんは、1953年3月13日生まれで、石川県加賀市出身の元バドミントン選手です。

バドミントンは高校生から始めたそうで、学歴は、石川の大聖寺高校、中央大学を入学、卒業されています。

社会人になった後は、河崎ラケット工業や三洋電機を経て、現在はバドミントン協会の専務理事を務めていらっしゃいます。

バドミントン選手として活躍され、現役を引退後はコーチを務め、今やバドミントン協会の専務理事へと上り詰めた銭谷欽治さん、凄いですね!

では次に、銭谷欽治さんの子供や妻について見ていきましょう!

銭谷欽治の息子や嫁(妻)は?


銭谷欽治さんの息子や嫁(妻)について調べてみました。

銭谷欽治さんは、いつご結婚されたのかは不明ですが、既婚者のようです。

そして、銭谷欽治さんの妻の情報は非公開のようです。

また、銭谷欽治さんには子供がいるという話もあるのですが、詳細は不明でした。

しかし、男子のバドミントン選手で銭谷欽治さんと同じ名字の選手がいて、この方が息子なのでは?という噂があるようです。

この男子バドミントン選手が銭谷欽治さんの息子かどうか断定はできなかったため、苗字が同じだから息子では?と言われている方の名前の表記は避けさせていただきます。

では次に、銭谷欽治さんの戦績や功績を見ていきましょう!

銭谷欽治の戦績は?


銭谷欽治さんの戦績について調べてみました。

高校時代からバドミントンを始めて銭谷欽治さんは、いろいろな大会で優秀な戦績を残されています。

学生時代だと、高校3年生の時に全国高等学校総合体育大会バドミントン競技大会の男子シングルで準優勝の成績を収められました。

そして、大学生2年生から4年生にかけては、全日本学生バドミントン選手権大会で、シングル・ダブルス・団体の部などで優勝、準優勝、3位といった成績を獲得されました。

大学を卒業し、社会人になり、現役引退するまでの間に銭谷欽治さんは、全日本社会人バドミントン選手権大会で4回の優勝、全日本実業団バドミントン選手権大会ではシングル・団体を含め7回の優勝、全日本総合バドミントン選手権大会でも男子シングルで7回の優勝を誇っていました。

銭谷欽治さんは、現役時代バドミントン界でモンスター級の強さだったんですね!

では次に、銭谷欽治さんの功績について見ていきましょう!

銭谷欽治の功績は?


銭谷欽治さんの功績について調べてみました。

バドミントン選手として大活躍されていた銭谷欽治さんですが、1985年に現役を引退し、その後、三洋電機のバドミントン部のコーチを務め、1990年には三洋電機の監督に就任されます。

また、銭谷欽治さんは1996年から2000年にかけて、全日本実業団バドミントン選手権大会で、三洋電機のバドミントン女子チームを4連覇に導いた功績の持ち主です。

その後は、日本バドミントン協会理事の選手強化本部の本部長に就き、次は大阪府バドミントン協会理事長に、そして三洋電機総務人事本部で文化・スポーツ推進部の部長など、重要な役職を歴任され、現在は日本バドミントン協会の専務理事を務めています。

今まで華々しい選手人生を送り、さらにコーチを経て監督になった後もバドミントンの選手チームを優勝に導いたり、いろいろな場所でトップの役職に就いてバドミントン界を牽引してきた人物と言ってもよさそうですね!

まとめ


バドミントン協会の銭谷欽治専務理事の経歴や家族、選手時代の成績やこれまでの功績について調べてみました。

妻や息子の情報は非公開でしたが、バドミントン一本で今まで頑張られてきた方なのかな?って推察しました。

これからもバドミントン界を盛り上げて行ってほしいなと思いました。