モラエイ(柔道)がイランからモンゴル国籍に変えたのはなぜ?プロフィール経歴も調査!

東京五輪の柔道男子81キロ級で銀メダルのモラエイ選手が、試合後に金メダルの永瀬貴規選手の手を取り称え合った姿に感動したとSNS上で話題になっています。

モラエイ選手はモンゴル代表なのですが、実は2年前に国籍を変えてモンゴル代表として出場されました。

本当はイラン国籍だったモラエイ選手がモンゴル国籍に変えたのは何があったのでしょうか?

国籍を変えた理由は何なのか調査しました。



(柔道)モラエイ選手がイラン国籍からモンゴル国籍に変えたのはなぜ?

実は政治問題が絡んでいるんですね。

2019年に世界柔道選手権がありました。

祖国イランとイスラエルの政治対立に巻き込まれた形になるのですが、その2019年の世界選手権でイスラエルのサギ・ムキ選手と決勝で当たる可能性があったため、試合を放棄するよう国から圧力をかけられたそうです。

モラエイ選手は試合を放棄せず、出場することを選びます。
結局モラエイ選手とムキ選手がお互い顔を合わせることはありませんでした。
試合結果はモラエイ選手が3位決定戦にまわって5位に、ムキ選手が金メダルを獲得しました。

モラエイ選手は国からの圧力に従わなかったため、安全確保のためにドイツに渡り難民認定を受けます。

2019年の11月のグランドスラム大阪大会には難民選手団として出場しています。

そして翌月の2019年の12月に、モンゴル国籍を取得しました。

モンゴル国籍を取得して臨んだ東京五輪で金メダルは獲得できませんでしたが、それでもモンゴル代表としてオリンピックに出場できたことだけでも喜びは大きいのではないでしょうか?

もしかしたら出場できなかったかもしれないのですから。

試合後に称え合ったのは、そんな感謝の気持ちも表れていたのかもしれませんね。

(柔道)モラエイ選手のプロフィールと経歴

【プロフィール】

  • 名前  :サイード・モラエイ
  • 生年月日:1992年1月5日(2021年7月現在29歳)
  • 出身  :イラン(2019年12月にモンゴル国籍取得)

【経歴】
7歳のときにレスリングを始めたモラエイ選手ですが、19歳のときに柔道に転向しています。

2011年から、多くの戦績を残されていますので、最近の主な戦績をご紹介します。

  • 2018年 バクー世界選手権 優勝
  • 2017年 ブダペスト世界選手権 3位
  • 2018年 アジア競技大会 2位
  • 2021年6月 ブダペスト世界選手権 7位
  • 2021年4月 アジア・オセアニア選手権 3位
  • 2021年3月 グランドスラム・タシケント 2回戦敗退

(柔道)モラエイ選手のまとめ

政治的な問題に巻き込まれた形で祖国イランを脱出し、モンゴル国籍を取得したモラエイ選手を紹介してきました。

イランと敵対するイスラエルの選手との試合を放棄するよう圧力をかけられ、それに従わなかったために国をでて、難民認定を受けた後に国籍を変えられました。

政治問題とスポーツは別だと思いますが、世界ではそれは通用しないところもあるんですね。

大変な苦労をされてきたと思います。
東京五輪では銀メダルとなりましたが、モラエイ選手にとっては出場できた喜びのほうが大きいのかもしれませんね。

政治的な問題に巻き込まれず、自由にスポーツができる環境で柔道を続けていって欲しい、そう思います。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。